BH的用語辞典

「部落」に関係する様々な用語について、BHメンバーが自分の言葉で定義する、BH的用語辞典です。
 毎月11日ごろに、ひとつずつ更新していく予定です。

2月の用語  「部落」

BHメンバーの家にあった辞書で調べてみると…

ぶらく[部落](名)①民家のむれ。②村の一部。③被(ヒ)差別部落。社会的に不当な差別を受けている一定の地域。同和地区。「--解放運動」

-三省堂国語辞典 第六版より

ぶらく[部落]農家・漁家などが何軒か一かたまりになっている所。〔狭義では、不当に差別・迫害された一部の人たちの部落を指す。この種の偏見は一日も早く除かれることが望ましい。「-解放運動」〕

-新明解国語辞典第四版より

となっています。


BHメンバーによる定義はこちら↓

  私のルーツ。私のアイデンティティ。辛い思いをする時もあるけど私の人生を豊かにするもの。(2015/2/11)

ともえ 被差別部落という意味での「部落」ということばを私はいつ知ったのか、もう遠い昔のことで、もはやまぼろしのような記憶のなかにある。小学校3年生の頃に「道徳」の授業で用いた『にんげん』という副読本で教えてもらった内容のなかに出てきたはずで、「もしやうちの家は”部落”なのでは?」という疑問を胸のうちに秘めて家へ帰り、親に尋ねた。あっさり「そうやで」と答えてくれた父および母(2人して話していたはず)。「部落」というのは一般用語として「集落」を意味するとおり、ある一定の空間的広がりをもつ特定の地域を指すが、私の人生で被差別部落に暮らした期間は圧倒的に短く、いま日常生活を過ごしている空間でもなく、いつも「遠く離れておもうもの」で、「ふるさと」と言うのがしっくりくるかも。「私は部落出身です」と人に告げるのも、私にとっては、よく考えてみれば奇妙と気づいた。生まれた土地でもないし、育った土地も暮らした土地も他の土地での方が長いから。「部落出身です」という場合の「部落」が指すもの。それは私にとってなんなんだろうなぁ、と改めて考えてしまう。特定の場所ではなく歴史。自分が生まれて今まで生きている(これからも死ぬまで生きていく)時間に連綿と連なる、部落で生きた人々の人生。歴史的なひろがり。そして、具体的に出会っている人たちや、見ず知らずの人たちの、喜怒哀楽に彩られつつ、彼らの人生のなかで少なくとも一度は部落差別に向き合ったり、それぞれのやり方で差別をやり過ごしたりすることもあったであろう人生の数々が私を取り巻いていて、そこから、愛おしいものや忘れたくないものをみつけてきた。私はこれらと共に生まれたし、これらに実は育てられたし、これらと共に今も生きている、と繰り返し自慢したいような、そういうものが、「部落」かも?(2015/2/11)

たみ 基本的な言葉の意味としては「集落」のような、人々が集まって暮らしているところのことを指すが、被差別部落を指す意味も持つ。BHで使っている「部落」は後者。


 なぜ被差別部落が形成されたのかというのは歴史的な検証が続けられているが諸説あり、現状でははっきりとはしないものの、中世かそれ以前から存在していたのではないかと言われている。
部落に住んでいる人、過去に住んでいた人、ルーツをここに持つ人、部落産業に関わる人などへの差別を部落差別といい、現在も根強い差別が残っているだけでなく、貧困の連鎖などもまだ完全に解決されたとは言えない状態が続いている。


 部落の出身者を「部落民」という言い方をすることがあり、自ら「私は部落民だ」というアイデンティティを持つ者もいれば、部落にルーツを持ちつつもそのアイデンティティを持たない者もいる。しかし、部落差別というのはあくまでも差別する側が「あの人は部落民だ」とみなして差別をする問題であるため、差別される本人が自分を部落民だと思っている・いないに関わらず差別を受ける可能性はある。


 歴史的に担ってきた食肉関連業、皮革関連業などの産業、さいぼし、油かすといった食など、部落の中で熟成されてきた豊かな文化も持つ。私が育った家はさいぼしにマヨネーズをつけて食べる派。この他、生姜醤油派、あくまでもそのまま派などがいるらしい。また、差別があるが故に部落内で助け合うことを積みかさねてきた豊かなコミュニティを持つ部落もあり、部落外からその魅力に引きつけられて入ってくる人も少なくないとか。


 私が住んでいる東京には部落も部落差別もないと思われたり、そもそも部落という言葉を知らない人も多かったりするが、部落も部落差別も存在する。差別があると訴えてもリアリティを持たれないという厄介な状態で、部落民にとっては非常に住みにくい街だと思うのだが、可視化されにくい差別であるが故、今後このような東京化は全国的に進んでいくのではないかと思う。(2015/2/11)